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我家の久留米史 -10周年を記念して-

前回久留米P7750の話題を採り上げたことで、久留米産を飼育してきた思い出が蘇ってきました。
私が久留米産に注目し飼育を開始したのは、2005年夏のことです。
早いもので、あれから10年の月日が流れてしまいました。
当初77.0mmだった種親も今では86.5mmとなりました。
80mmでさえ超えることが出来なかった当時の自分には、想像すらできなかったことです。
せっかくなので、この10年の飼育経過を「我家の久留米史」として綴っておこうと思います。
気合を入れて書きますので久留米に興味のない方はスキップしてください(笑)

まずは、10年間の累代成果とも言える久留米♂86.5mmの系統図を示します。

Waizu久留米865血統構成表1200

ブルー背景は、私が初令幼虫から飼育して羽化させた個体です。
この一覧表に沿って説明して行きますが、その前に久留米産に注目したキッカケを述べておきます。
それは、2004年発刊の昆虫フィールドNO.38で見た久留米産オオクワガタ84.7mmの画像です!
多くの一般ブリーダーにとっては80mmでさえ夢であった当時に驚愕の84.7mm!
雑誌を持つ手が震えるくらいの衝撃!胸の鼓動と感動!躍動するブリード魂と大型血統への憧れ!
素直に、この血統が欲しいと思いました。
これこそが、のちにKUWATAギネスとして認定され、マツノギネス843して語り継がれている個体です。
この個体が羽化したのが、2004年6月1日、メルリン血統の元親とされる82.5mmの羽化が、それから12日後の6月13日。まさに久留米産の歴史が大きく動きだした時代でした。

【2005年】
翌2005年の夏、銚子オオクワ倶楽部様よりオークションに出品されたKUWATAギネス84.3mm同腹インライン配合(♂77.6×♀49)の初2令幼虫3頭を発見!即決価格が設定されていたため、即落札しました。
しかし、初回のビン交換で3頭すべてが♀と判明!すぐに♂の3令幼虫をお願いして譲って頂きました。
大きいのは残っていないとのことで、22gの3令幼虫でしたが、翌春♂77.0(A)で羽化!♀は、49.5(a)、48.5、48.0でした。

これが、その♂77.0mm(A)です。
Waizu久留米ルーツ♂770

【2006年】
翌年まで待てなかった私は、春に羽化したばかりの上記個体の成熟を待って使用することを決断!
同腹の♂77.0(A)×♀49.5(a)のインラインを計画!
成熟するのを待って、8月にペアリングし、9月頃より菌床飼育を敢行しました。
翌2007年春、80mmを超える♂は羽化しませんでしたが、後の飛躍の基盤となる♀51.0mm(b)を羽化させることができました。

【2007年】
一方で、2007年3月20日にメルリンさんより'05MK4番♂79mm(B)が届きました。
血の離れた優良血統として注目しての購入でしたが、当時は、予算もなかったため、片顎の先が欠けたB品を格安にて提供頂きました。
B品であったため、わざわざ写真に撮ることもなく画像は残っていません。
ブリード2007は、'05MK4番♂79mm(B)を使用したものの♀がイマイチだったこともあり、目立った成績を残せませんでした。

【2008年】
この年は、'05MK4番♂79mm(B)×♀51.0mm(b)(KUWATAギネス843同腹インライン直仔)という待ちに待った配合で、期待感いっぱいの年でした。
翌2009年、83.2mm(D)が羽化!
良血は裏切らない!と思ったものです。
これがその個体です。
Waizu久留米♂832
この種親は、2010年、2011年の2年にわたって使用しました。

【2009年】
この年は、残念なことに長期出張が入り、オオクワブリードは超縮小モードの年とせざるを得ませんでした。
3ラインで計30頭程度の飼育でした。
それでも、優秀なラインに巡り会いました。
みかんさんより成虫で譲り受けた同腹ペア♂79(C)×♀51.5(c)のインライン配合です。
翌2010年、♂84.8mmが羽化してきました。
この個体です。
kurume848.jpg
2011年、2012年に種親として使用しましたが、よい成績は残せませんでした。

【2010年】
この年は、前年羽化した83.2mm(D)の初ブリードの年です。
同腹の81.7mmもフォルムが気に入って使用し、次の5ラインを飼育しました。

◆久留米83.2×52.5アウト(WN10-Aライン) ※当初はWN10-1Aと表記  
◆久留米83.2×52.5クロス(WN10-Bライン)   
◆久留米83.2×52.3イン(WN10-Cライン)    
◆久留米83.2×51.7アウト(WN10-Dライン)   
◆久留米81.7×52.6イン(WN10-Eライン) 

注釈の※を入れたように、この年は、♂親を番号で分類し、♀親をアルファベットの予定でした。
最終的には、単純にアルファベットだけにしましたが、当初の命名が残り、現在でもWaizu10年1Aラインと表記されていることもありますが、10年1Aラインと10年Aラインは同義です。
 
この年に最も期待した♀は、みかんより譲り受けた♀52.5mmでAラインとしました。
この♀の血統は♂77mm(’05MK3番)×♀51('05マツノ11番)で、MKギネス833同腹♂という良血です。
しかし、5ライン共まともな成績を残せず、次世代で使用できるような♂の出現はありませんでした。
しかし、未練もあり、Aラインで大きかった♀は、翌年自己ブリ848に3頭も交配してみましたが、ほとんどが80mmにさえ届かないという、散々な成績となりました。
久留米飼育の難しさを痛感するシーズンとなりました。

【2011年】
この年から系統番号を通し番号にして、久留米1番からスタートさせました。
○○年○番とすると自身が混乱してくるため、単純に番号だけの分類にしたかったためです。
そして、この年は能勢にも力を入れたかったため、久留米は1~4番までの4ラインに絞りました。
♂83.2mmに2♀、♂84.8mmに2♀の布陣!
1番、2番は、♂83.2mm(D)に848同腹♀の53.8mmと53.6mmという配合!
この2ラインは全く同じ血統構成でしたが、差は歴然で2番が群を抜いてよい成績でした。
♀の当たりハズレを痛感しました。
その2番から翌年羽化したのが、この85.4mm(E)です。
久留米854ブログ用

これまでブリードしてきた中で、個人的には最高に気に入っているフォルムです。
率直にカッコいいと思ったため、ブリード2013は、この久留米854と心中するくらいの思いで1年を待つことにしました。
一方、期待した♂84.8mmラインは、成績不振でした。

【2012年】
ブリード2011は、Waizu2番で成功し85.4mmという満足いく結果を残しましたが、一方で振るわなかった84.8mmへの未練を捨てきれず、この年は、84.8mmの再チャレンジの年そして次の4ラインを組みました。
自己ブリラインから血統的背景の優れているものを選び、前年羽化のAラインからは、当たりハズレも考慮して3頭を使いました。
5番:♂84.8mm×♀52.6mm(WK10-A-06)
6番:♂84.8mm×♀53.0mm(WK10-A-07)
7番:♂84.8mm×♀52.2mm(WK10-A-09)
8番:♂84.8mm×♀52.2mm(WK10-B-03)

この年から能勢のブリードも開始したため、久留米産の多くはオークション等で整理し、手元に残した幼虫は、最終的に5番5頭(♂1♀4)、6番11頭(♂2♀9)、7番採卵失敗、8番16頭(♂10♀6)となりました。
♀への偏りもあって、大きい♂は出ませんでしたが、♀の体重分布から判断してもすべてハズレと思えるものでした。
前年の久留米2番に比べると到底及ばない状況であったため、この年の久留米ラインはすべて累代中止としています。
結局、この年も期待した♂84.8mmのラインはサッパリだめで、♂の大きさだけでは、種親としての資質は測れないことを痛感しました。
配合には、♂♀の相性があることは当然ですが、♂の遺伝能力(素質を子孫に継承する能力)みたいなものがあるように思えてなりません。

しかし、このラインには、ちょっとしたエピソードがあり、hizoさんに初令幼虫として提供していたAライン♀が、'09MK10番♂83.0mmの種付け後、エバクワさんによって採卵され、その中から85.9mmが完品で羽化しています。
いくらこちらの♂親が優れているとは言っても、あまりにも差がありすぎます。
私に個体を見る目がないのでしょうが、見限りが早すぎたようです^^;
このことは、教訓として心に刻みました。
飼育ラインの評価や種親の素質の判断は、簡単にはできないということです。
配合センスや直感や運も大切でしょうが、粘り強くやって行かないと、せっかくの素質ある個体であっても取りこぼしてしまう可能性があります。
我々の様に飼育数に制限のあるブリーダーには難しい問題でもあるのですが・・・。
実は、私自身は廃止ラインとしたにもかかわらず、その血がWaizu久留米19番として帰って来ました。
不思議な縁を感じています。
産卵数も少なかったのですが、今春の羽化が楽しみです!

【2013年】
この年は、2番♂85.4mmと心中するつもりで、能勢YGよりも久留米重点で勝負をかけ、管理できる数に制約があるため、各ラインの飼育を制限せざるを得ませんでしたが、以下の10ラインをブリードしました。

・久留米9番 ・・・Waizu2番♂85.4mm×Mi857同腹♀55.1mm(コラボ)
・久留米10番・・・Waizu2番♂85.4mm×Mi857同腹♀54.5mm
・久留米11番・・・Waizu2番♂85.4mm×hizo854同腹♀54.0mm(コラボ)
・久留米12番・・・Waizu2番♂85.4mm×♀54.1mm(’09MK11×’09MK12)
・久留米13番・・・Waizu2番♂85.4mm×♀55.3mm(’09MK11インライン)
・久留米14番・・・Waizu2番♂85.4mm×Waizu4番♀52.8mm
・久留米15番・・・Waizu2番♂83.6mm×♀53.7mm(’09MK11×’09MK12)
・久留米16番・・・Waizu2番♂83.6mm×’11Mi3C♀52.3mm
・久留米17番・・・Mi♂85.7mm×Waizu2番♀54.5mm(コラボ)
・久留米18番・・・hizo♂85.4mm×Waizu2番♀53.0mm(コラボ)

それだけやっても、簡単には結果につながらないもので、本当によかったのは、久留米11番だけでした。
翌2014年に♂86.5mmが羽化しまたが、この個体が出てくるまでは、久留米の成績不振を理由に撤退するつもりでした。
その意味では、私のブリード人生に大きな影響を与えた1頭と言っても過言ではありません。
その個体がこれです。
WK1107_865a_2015031512590884b.jpg
久留米11番865測定


【2014年】
昨年に当たるこの年は、久留米撤退も視野に入れ大きな補強もしていなかったため、2ラインのみのシーズンです。
一つは、エバクワさんとのコラボレーション。
もう一つは、前年雄一の当たりとなった久留米11番の2年目同配合です。
まもなく前蛹モードといったところですが、果たしてどんな結果がでるのでしょうか?

【2015年】
そして、久留米ブリード11年目となる今年!
うちのエースWaizu久留米11番86.5mmで勝負します!
スレンダーでサイズを稼げそうなフォルムにも期待しています。
問題は、どんな配合と相性がよいのかっ!?サッパリわかりません^^;
これまでの経緯からも簡単には当たりを引けないでしょう・・・。
でも、この10年間、確実なサイズアップを図ってこれました。
本年は6頭の♀に交配予定です。
次回、今年の久留米ラインを紹介してみます。
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[ 2015/03/16 22:16 ] 飼育の歴史 | TB(-) | CM(29)

回想録

現代ブリードへの思いを綴った後、ホームページ(HP)を開設した頃のことを思い出していました。
私は、2001年の夏、山梨産オオクワペアに出会って以来、この趣味にどっぷりです。
当時は、こんな便利なブログなどはなく、HTMLファイルで構築されるHPや掲示板が主流でした。
自己の学習記録の場として、また飼育研究の足跡を残す目的で、2003年6月からHPを始めましたので、あれからもう11年が過ぎたことになります。

今日は、当時熟読していた本を出してきました。

中国hopeiの世界

2003年2月発行の「中国hopeiの世界」です。
あの頃は、めざせ国産80mmでしたが、決定的な大型血統はないため、現在のような大型ブームは感じませんでした。
むしろ、hopeiと極太が大ブームでした。
あとは、アンタエウス、色目、国産ワイルド個体なども人気でした。
中でもhopeiといえば福建省北峰産!極太といえば阿古谷産で、どちらもン十万円で取引されていた事を覚えています。
あの頃は、色々なことに興味を持って取り組み、本当に楽しく充実した時期でもありました。

そんな中、私も漏れなくhopeiにはまりました。
これが、先ほど紹介した本に掲載されていた目に留まった個体です。
hopei理想形
こんなのを作出したい!!との思いでhopeiの世界に飛び込みました。
当時の国産オオクワは今ほどカッコよくなかったため、良形を作出しやすいhopeiのフォルムに惹かれたのかもしれません。
また、中国ですから産地も広範で発現形も多様であったことが愛好家を増大させた要因だと思われます。
当時のベテランの方が、最後は国産に戻ると話されていましたが、その通りになっています(笑)
やはり国産の飽きのこない素朴なフォルムがよいのかもしれません。

余談が過ぎましたが、今日この本を採り上げたのは、中の興味深い記述を引用したかったためです。
(幼虫を大きく育てる方法)
血統の選別が最重要とした上で、国産オオクワの当時の飼育法が引用されています。
①菌糸ビン1本目から2本目への交換を60日以内に行う。
 →KUWATA No.6「新国産80ミリ作出講座vol.Ⅰ」
②初・2令用の菌床の添加剤に麦芽を用いる
→KUWATA No.6「新国産80ミリ作出講座vol.Ⅰ」
③2令に加齢した直後に菌床に投入する(加齢後に摂食を開始するため)
 →LUCANUS WORLD No.26「梅崎勇一のオオクワガタ飼育学校vol.3」

その他、良形個体をめざすにあたって、菌床の種類、菌床の詰め方の硬さが検証されていますが、これらの項目は羽化形状に影響しなかったとなっています。
気になる羽化サイズへの影響には言及されていません。
以上を踏まえてですが、気になるのは2本目への交換時期です。
その後、75日交換を推奨して自社製品を販売する業者も出てきました。
また、菌糸ボトルの状態に合わせて交換するパターンもあります。
最近は3ヶ月交換が一般的となっていますが、問題はここ!
交換時期が成長に影響を与えるのでしょうか?
もし、そうだとしたら大型作出に有利に働くのは、どのタイミングなのでしょう?
この点に関しては、答えが出ているのかどうか勉強不足です^^;
[ 2014/08/03 00:11 ] 飼育の歴史 | TB(-) | CM(8)

我家の能勢YG物Ⅵ-補足とまとめ-

我が家の能勢YG物語の連載もいよいよ最終回となりました。
今日は、これまでの内容に対する補足も交えながらまとめを行ってみたいと思います。
今回は、準ギネス系の話題が中心となりましたが、847系はあまりにも有名であるため、特に触れる必要もないと考えてのことですが、巷に氾濫しすぎて、どこの847末流からよいのが出ているのかまでは把握しきれていないため、記事にできなかったとも言えます。
ただ、爆発的な勢いで流通していったため、あちこちから好成績が報告される一方で、相当数のハズレラインが出ていることもまちがいありません。

さて、現在私が能勢YGに対して感じていることを確認しておきます。
能勢YGという母集団から派生したはずの847系と準ギネス系ですが、この度の情報収集の中で特徴らしきものが見えてきました。
簡単に言うと847は血が濃くなっても大型個体が連発し、準ギネス系は血が濃くなると途端に爆発力を失う結果になっているということです。
その1例として、過去には準ギネス同腹♂85×♀52がインラインでブリードされていますが、結果は目も当てられないほど悲惨なものであったようです。
私もその内容を聞いたときは本当に驚きました。
これと次元は異なりますが、私が3年前にブリードしたメルリン80系の同腹インライン♂81×♀51.5も本当に悲惨なもので、30数頭飼育して1頭も80mmを超えませんでした。
まだまだ例数が少なく根拠を示せる段階ではありませんが、感覚的には、準ギネス系・メルリン80系は、それ単独では主役になることは難しい反面、847系メインの中に低い割合で隠し味のスパイスのように配合すれば、時として起爆剤としての見事な働きをする可能性を秘めている気がしています。
今後、このラインに関連するデータが集積してくれば、より明確な答えが見えてくるものと確信しています。
今回、私が準ギネス系に関して血統背景と方向性を掲載したことで、今後の能勢YG血統を所有するブリーダーの夢と展望の拡大に貢献できれば幸いです。

最後になりますが、能勢YG に限らず人気血統にはネガティブな意見が常について回ります。
847、866、871とギネスが更新されるたびに一部の掲示板やブログでネガティブキャンペーンが繰り広げられているのを目にしてきました。
明確な根拠もないまま・・・。
このような行為は、オオクワ飼育という趣味の世界を盛り上げることには決してつながりません。
結局、自分の縄張りを自分で荒らしているようなものではないでしょうか・・・。
私は、ポジティブに夢の広がる話を展開したいと思っているので、この件には触れずにおきます。

客観的にノギスが評価を下す大型競争は、公平でわかりやすくて楽しめます。
最近は、能勢HG血統、YG×信玄など、別ラインからもギネス級が誕生しているようで、この土俵で戦うブリーダーにとっては、最高の舞台が用意されたのではないでしょうか?
血統を守るのも1つの方向性!産地を継承しつつ新しい血統の追求も1つの方向性!
又、元木スペシャル時代に流行っていた血統を品種として捉える他産地交配もありかもしれません。
これらは、各人のポリシーに関係するところでもありますので深入りしませんが、趣味の一環ですから、道徳の範囲内であれば自由なのではないでしょうか?
要は自分がどうやってこの趣味を楽しんでいくのかが重要です。

ところで、久留米人気に復活の兆しが見えます。
能勢以外の産地でギネス奪還を目論む野心旺盛なブリーダーの増加によるものでしょうか?
私も来年は久留米を重点的に取り組むことにしています。
そこで、我が家の久留米物語も記録として残しておこうと思っていますが、そんなに話題はありません^_^;
[ 2012/11/13 12:31 ] 飼育の歴史 | TB(-) | CM(4)

我家の能勢YG物語Ⅴ-P8250の展望-

今日は、P8250が関連するよその成績です。
やはり凄い経過を示しているのは、Gullさんのところだと思います。

まず、昨年の7番(YG1107)からは86.1mmが羽化していることは周知の事実ですが、このラインの♀親系の祖母がP8250の♀54.5mmになります。

しかし、これはまだ序の口で、凄いのは今年度のブリード経過です。
上記7番の早期羽化♀51.5 mmに今年は♂85.5mmを交配し、3ヶ月で約8割が33gupという驚異の結果で、最高は36gを超えているようです。
ここまでくるとヤバいです^^;
実は、このラインの♂親85.5mmは、P8250の♂84.8mmと純847系♀との交配によるものですから、♂親♀親双方にP8250が絡んでいることがわかります。
(純847系♀はマサレッドさん09年5番83.1×50.8インラインの早期羽化49.5mm)
以上のように、客観的に判断してもP8250は当たれば大化けする可能性を秘めたラインだと言えるのではないでしょうか?

最近思うことは、847から派生した866、871は間違いなく重要な血統であるとして、血のバリエーションとしての今後の配合を考えるとき、旧80系の858とはまた別のオプションとしてP8250の血脈が今後の注目を集める時が来るような予感がしています。

今日で、我家の能勢YG物語の連載も5回目となりましたが、次回の補足とまとめで完結を予定しています。
[ 2012/11/10 00:05 ] 飼育の歴史 | TB(-) | CM(3)

我家の能勢YG物語Ⅳ-我家の準ギネス系-

今日は、わが家の系統図をご覧頂きながら解説してみます。
まず、能勢2番系統と7番系統ですが、この2ラインは847系♂に同腹姉妹(早期羽化と普通の羽化)を交配した配合になるため、能勢2番の系統図で確認しておきます。
能勢2番系統図P7952
このように、オレンジ部分がP7952となります。
参考までにブルー部分の♂81♀48.5はメルリン能勢80系で、10/31のブログで説明した準ギネスブリーダーの元に残された4個体のうちの2個体にあたります。
このように、私の能勢2番と7番は♂方は純847系ですが、♀方は準ギネス系に相当偏った配合になっています。
7番は現在飼育途中ですが、ここまでの手応えからは、昨年ブリードの2番の方が優れている印象で、実際に♂84.6mmが羽化しています。
P7952ラインは、成績不振により世の中の飼育者が減少傾向にある中、善戦していると思います。
今後の将来性はやってみないとわかりませんが、飼育者が少ないという点では、人気のラインとは血縁的に遠く希少価値が出てくるかもしれません。

続いて我が家のP8250です。
本年ブリード中の能勢9番系統がそれに該当します。
まずは、系統図をご覧ください。
能勢9番系統図P8250
こちらも♀親系に注目すると、祖父85mmが準ギネス同腹で、まさにP8250です。(イエロー部分)

このラインもまだ飼育途中ですが、結構手応えを感じています。
先日、初令投入から5.5ヶ月で3本目に交換していた際、このような個体が出てきました。
能勢9番36.7g
うれしいことに他も安定していて、♂8頭の最低は30.3gで他はすべて32g以上でした。
今後もジックリ低温で飼育し、さらなる微増で好成績を出したいと思っています。
飼育経過に関しては、動画を公開しておきますので、ラベルをご覧ください。
能勢9番ビン交換動画

上記の成績は、P8250よりもギネス871同腹の威力かもしれませんが、P8250にも将来性を感じている今日この頃です。
実はこの程度の成績は平凡で、よそではもっと凄いことになっています!
次回は凄い事になっている他のP8250ラインを追ってみます。
[ 2012/11/05 00:10 ] 飼育の歴史 | TB(-) | CM(2)

我家の能勢YG物語Ⅲ-P8250血統-

前回は準ギネスライン誕生の経緯まででしたが、今日はその続きです。
まず、どのように交配が行われたのかを確認しておきますが、メルリン80系同腹ペア♂82mm、♀52mmと847同腹ペア♂79mm、♀50mmの間で交差交配が行われています。

つまりメルリン80系♂82mm×847同腹♀50mm⇒親のサイズをとってP8250と命名。
一方で847同腹♂79mm×メルリン80系♀52mm⇒同じようにP7952と命名。
※PはParentsの略

この交差ブリードはFORESTER_STbさんが担当され、採れた幼虫を折半して双方で飼育されています。
すると翌年、P8250の配合が大爆発!
85.9mmを筆頭に、双方合わせると85up3頭、84up2頭、83up1頭の好結果となったようです。

一方のP7952は、ちゅうひさんに伺ったところ82mmが最高で、血統的な背景は同じであっても明らかにインパクトに欠ける印象です。
その後のブリーダー間の情報や私のところでの手応えなどから判断しても現時点では明らかにP8250の方が優勢です。
これが、♂♀系の逆転により起こるべくして起こった現象なのか、単に当たり外れによるものなのか・・・?
この辺りも興味深い検討課題であると思っています。

次回は、私のところのP7952とP8250に関して成績を交えて紹介する予定です。
[ 2012/11/02 17:30 ] 飼育の歴史 | TB(-) | CM(2)

我家の能勢YG物語Ⅱ-準ギネス系のルーツ-

本題に入る前に補足があります。
旧能勢80血統の名称が、現在は能勢YG血統に変更されていますが、途中で847血統が80血統の中から派生したものであることを考えると、847血統は80血統の一部であるため、前回私が示した80系=非847系の表現では矛盾を生じます。
混乱を招くといけないので確認しておきますが、これはあくまでも私の個人的な捉え方で、847と血縁的に遠い関係にあるものを80系と思っています。
こうしておく方が、今後の配合を構築する際に都合がよいからです。
世間には同じようなイメージの方もいらっしゃると思いますがいかがでしょうか?

本題に入ります。
今日はギネス系の影に隠れてきた準ギネス系を採り上げてみます。
私が管理するラインの中で言えば、2番、7番、9番がその血を含みます。

ルーツをたどれば、2004年本家よりヤフオクに出品された幼虫に始まり、翌年に羽化した成虫の♂79.1mmと♀50.4mmがインラインで2006年にブリードされました。
たくさん採れた幼虫の内10頭が、準ギネスブリーダーのところに里子となったようです。
翌年♂8頭、♀2頭が羽化し、♂は7頭が80mmを超え、ブリード元では83.5mmが羽化するという当時としては驚異的な成績だったようです。
そのため、このラインは現在でも作出者の名前と取ってメルリン80系として分類されることもあります。

では、その後の経過を確認します。
上記羽化個体10頭の内、準ギネスブリーダーの手元には、♂82mm、81mm、♀52mm、48.5mmの4頭が残されたようです。
一方、時を同じくして、ちゅうひさんが本家より847同腹ペア♂79mm、♀50mmを購入されていました。

某ショップの前で遭遇した二人の間で短時間の内にブリード提携の話がまとまり、お互いのペアをクロスさせたアウトラインブリードの計画が持ち上がったようです。
さあ、ここからがP8250伝説の始まりです。

つづく
[ 2012/10/31 18:10 ] 飼育の歴史 | TB(-) | CM(2)

我家の能勢YG物語Ⅰ-プロローグ-

前回、能勢YG血統は、1997年3頭の2令幼虫からスタートしたことを紹介しました。
その後、他系統の能勢産も導入交配される中で2003年に初の80mm突破が成し遂げられ、それ以降は他からの血の導入は行われていないと伺っています。
そのような背景にあるため、閉鎖された血の中で如何にうまく血が濃くならないように累代を続けていくのかがポイントになるのではないでしょうか!?
その証拠に、多くのブリーダーが、能勢YGに統一された後もそれまでの旧80系、旧847系の分類を継承し、中にはメルリン80系などのようにさらに細かく分類するブリーダーも少なくありません。

私も能勢YGに限っては駆け出しの3年生で手持ちの系統は限られていますが、将来を見据えて血のバリエーションを考慮しながら交配の組み合わせを考えて行こうと思っています。
そのためには、祖先の系統をある程度把握しおく必要があるでしょう・・・。
そこで情報提供として、私が所有する能勢YGに関係する系統を把握できている範囲ではありますが、何回かのシリーズで解説してみようと思います。

まず、847、866、871と言えばこの趣味の世界いるほとんどの人がご存知だと思いますが、新規ブリーダーのために簡単に復習しておきます。
847系は2007年の第7回クワガタ飼育ギネスコンテストでギネスに認定された個体である能勢産84.7mm(標本)の同腹から派生した血統です。
さらに、847同腹の♂83.7×♀53.1から2009年5月に86.6mmが羽化し、第9回クワガタ飼育ギネスコンテストでギネスに認定されました。
そして、第11回コンテストで更新となった現ギネスの87.1mmも847同腹からの2世代連続のインライン交配で作出されています。
このように近年のオオクワギネスは、847系の独壇場です。
847系が大型作出においていかに特化した血統であるかがわかります。

しかし、いくら成績がよいからっといって、これ以上血が濃くなると何らかの弊害が発生してくる確率も増えてくることでしょう・・・。
そこで、最近は、これらの血とは遠いラインにも注目が集まりつつあります。
例えば、第7回コンテストにおいて85.9mmで惜しくも準ギネスとして紹介されたラインなどは、847とは遠い血が50%含まれています。
また、2010年に本家で羽化した85.8mmは、847系とも準ギネス系とも遠い血縁関係にあるとされています。
このように、80系として分類されていても、さらに異なっていたり、詳細不明であったりすることを考えると、80系=非847系とのイメージが私にはピンときます。
導入編はこれくらいにして、次回は最近密かなブームを起こしそうな予感がし、私も注目している準ギネス系を採り上げてみます。
[ 2012/10/28 00:02 ] 飼育の歴史 | TB(-) | CM(8)

累代表記の衰退

系統図を眺めながら、ふと思ったことがあります。
それは、累代表記に出会う機会が少なくなったことです。
知らぬ間に私自身も関心がなくなっていました。

しかし、私がブリードを始めた頃は、累代を表記されていることが産地と管理状況がちゃんとしていることの証とされていた感があります。
また、その頃はワイルド個体が重宝され、累代は進んでいない個体の方が、評価は上だったことを思い出します。

ただ、累代表記はルールが統一されおらず、例えばF6×F4の子はどうなるか?という場合、ある人は大きい方を進めてF7、ある人は少ない方を進めてF5、またある人は累代はすすめずF6のままのように様々で、こうなってくるとほとんど意味を持ちません。
また、本来の累代とはインラインブリードをどれだけ重ねたかを表記する訳ですから、現代のアウトラン主流の時代には全く縁がないとも言えます。
余談でしたが、規定のない表記では、血の濃さを伝えることも難しく、まして血統的な流れというか背景を表すことはできません。

私は、もっと誰もが簡単に種親の血縁関係がわかれば、交配時の検討材料も増え、よりブリードが楽しめると考えて今回の試みを始めました。
こうしておいて、飼育データを蓄積しながら成績のよかったラインを比較すれば何か見えてくるものがあるかもしれません。
最近は多くの方が、オリジナルの血統構成図を作成され、ブログでも紹介されるようになりました。
また、水面下ではブリーダー間の情報交換が活発に行われています。
これからはオオクワガタも競走馬のように血統理論の時代になるかもしれませんね!

そう言えば、サラブレッドの系統図をさかのぼれば、すべてがダーレーアラビアン、ゴドルフィンアラビアン、バイアリータークの3頭に行き着くと言われています。
この3頭のことを「3大始祖」と呼ぶそうですが、能勢YGも1997年に3頭のF2幼虫から始まっています。
もう15年も経過しているのですねぇ・・・。
累代過程を知りたくて作出者にお伺いしたこともありますが、初期の頃の交配データは残っていませんでした。
冒頭でも述べたように、産地と累代が重視される時代でしたから記録がなくても当然です。

話は変わりますが、競走馬は、様々な配合論を駆使してより速い馬をつくり出す血統最重視の競技です。
現在、種牡馬として競馬界を席巻してきたサンデーサイレンスの血を引く馬が大活躍しています。
同じように超大型国産オオクワガタの世界を席巻する847の血は、866や871に継承され、さらに全国で多くのブリーダーの手によって交配努力が続けられています。
サンデーサイレンス直仔のディープインパクトが強かったのは当たり前としても、直仔のステイゴールドは次世代でオルフェーヴルを出すなど隔世で成功しています。
オオクワガタでも次々世代で成功する場合があるかもしれません。
そういえば、今週の菊花賞の1番人気が予想されるゴールドシップもステイゴールド産駒の上に、母父はメジロマックイーンでオルフェーヴルと3/4の血の重なりがありますが、これが血の力なのでしょうね!
オオクワガタでも大型の血の力を痛感している今日この頃です。
私は、こんな見方もして楽しんでいます。
みなさんも所有個体の血統構成をよく吟味し、独自の交配理論を構築してみられてはいかがでしょうか?
[ 2012/10/19 22:54 ] 飼育の歴史 | TB(-) | CM(2)

オオクワ飼育の歴史(2)

昨日のコメントに、1993年頃はめざせ70mmで、70ミリが10~15万円、♀45ミリで2~3万円もしていたとの報告を頂きました。
オオクワサイズもめざましいほどの躍進を遂げていることがわかります。

さて、オオクワ飼育の歴史(続編)も伸び伸びとなっていますので、いまひとつまとまりに欠けますが掲載してみます。
まちがいがあれば、御指摘ください。

では、1990年代後半~現在までの国産オオクワガタ羽化サイズをまとめてみます。
ただし、90年代に関しては、手持ちの資料が少ないため、当時の最高サイズではないことをご了承ください。

まず、月刊むし「クワガタ特集号10」(1998年6月1日発行)には、森田氏と元木氏の共著として、オオクワガタ菌床飼育のスーバー・テクニック(2)が掲載。
1997年羽化の最大個体として、森田氏は77.0mm、頭幅26.5mm、胸幅29.0mmを紹介。
一方の元木氏は、半年1化で52mm♀の羽化報告と♂79.0mm、頭幅27mm、胸幅30mmの個体を紹介。
元木氏の配合について、この時点では、△△産♂×能勢○○谷産♀49mmと記載されています。
上記の個体群が、のちに森田ゴールド、元木スペシャルという名称を付した血統へと発展していくことになります。森田氏は、その後、1999年に80.07mmが羽化したことを報告されています。

ところで、ここをご覧のみなさんは、元木スペシャルをご存知でしょうか?
佐賀と阿古谷のペアを交差させ、佐賀産♂×阿古谷♀と阿古谷♂×佐賀♀の配合を試す中で、大型血統である阿古谷を♀側に配した方が大型化したことが報告されました。
そして、この佐賀産♂×阿古谷♀の配合が元木スペシャルと命名されました。

現在もそうですが、オオクワ飼育の世界は、産地が重要視されています。
イヌ、ネコのように品種として捉える概念はありません。
ハイブリッド(雑種)が敬遠される所以です。
そう考えると、当時ハイブリッドが認知された点には、驚かされます。
昆虫を採集し、産地異変や生態を研究する博物学的な考えが、繁殖クワガタにも引き継がれていることや日本人のブランド志向が産地に執着させているのだとは思いますが・・・?

余談はさておき、話題をもどしましょう!
クワガタ特集号10には、もうひとつ、中村芳樹氏と市之瀬晃三氏の共著で、オオクワガタの飼育(2)―菌糸ビンによる超大型個体作出法―が掲載されています。
ここでは、1992~1995年にかけて菌糸ビンの開発に取り組み、自作菌糸ビンでの飼育結果が報告されています。菌糸ビン作成方法にも触れてあるだけでなく、10種類の菌を使っての幼虫の成長比較も検証してあり、実に興味深い内容となっています。
そして、自作菌糸ビンにより79.42mmの国産オオクワが羽化したことが紹介されています。
この時の飼育過程で印象的なのが、まだ低温飼育の概念が導入されておらず、30℃で蛹化促進が行われている点です。

一方、1998年~1999年頃は、1年1化の発酵マット飼育で軒並み70mmオーバーが出せる飼育法が注目をあびた時期があります。
この驚異の飼育法は、開発者の名をとり、矢内(やない)スペシャル、大塚スペシャルなどの名前がつけられました。
作製法が、Web上に公開され、センセーションを巻き起こしていたようです。

その後、月刊むし「クワガタ特集号12」(2000年4月1日発行)では、1999年に発酵マット飼育で、川西産♂57mm×♀37mmから76.54mmが羽化したことが報告されます。
当時の菌床飼育は、コストが高いこと、死亡率が高いことが最大のデメリットで、上記のような発酵マットの可能性が示されたことで、私が飼育を始めた2001年頃は、菌床飼育に踏み切れない人達と発酵マット飼育の可能性を追い求める人達が入り乱れていたのではないでしょうか?
そこへ格安菌床が出回り始め、私たちのような初心者層は、面倒くさい発酵マットではなく格安菌床からのスタートで参入し、世の中は一気に菌床時代へと変化していったように思います。

発酵マットづくりは、ある意味、職人技です。
一流料理人にしか出せない味、麺の達人にしか出せないコシなどのように・・・。
菌糸ビン時代が到来した今となってはどうにもできませんが、もし、発酵マット時代が続いていれば、ブリーダーの手腕がもっと発揮され、おもしろかったのではないでしょうか・・・。
1990年代をある意味うらやましく思います。

2001年よりビークワギネスが始まっていますので、あとは簡単にまとめて終わります。

初代ギネス  2001年 81.1mm
2代目ギネス 2002年 81.8mm 
3代目ギネス 2003年 82.4mm
4代目ギネス 2006年 83.3mm
5代目ギネス 2007年 84.7mm
6代目ギネス 2009年 86.6mm

これらとは別に、2004年6月1日 マツノギネス84.3mmが羽化!
KUWATA Breeding Guinness GPで認定(KUWATA No.19)
2004年のこの個体には、本当に驚愕した思い出が蘇ってきます。

記録は、いつか破られるもの!
現ギネス記録は、いつ誰によって更新されるのでしょう!?
これだけ優良個体が流通した今となっては、偶発的に予想しないところから出てしまったなんてことがあるかもしれませんね!
期待と夢くらいは、大きく持って楽しみたいものです。
[ 2011/01/27 22:14 ] 飼育の歴史 | TB(-) | CM(-)

オオクワ飼育の歴史(1)

先日は、2000年以前の話題を採り上げましたが、もう少し違った角度からも歴史を振り返ってみたいと思います。

私が飼育を開始したのは、2001年とお伝えしていますが、本格的にオオクワ飼育に関する勉強を始めたのは、2003年初頭にホームページを作ってみようと決意した時からです。
それ以来、Web上でいろいろ調べながら、当時最も本格的な専門誌であった月刊むし「オオクワガタ特集号」のバックナンバー10・11・12(1998-2000)、昆虫フィールド創刊号(1998年7月8日発刊)などを取り寄せ、読みあさりました。
これらの雑誌をお持ちの方も多いかと思いますが、お持ちでない方のために少々紹介しておきます。

月刊むし特集号は、研究色が強く、学術論文調で書かれており、200ページ強の内100ページは広告でした。
ちなみに、昆虫フィールドは、わずか80ページ程度でしたが、2ヶ月毎の発行で、創刊号のトップではマツノインセクト代表の特集が組まれていました。

昆虫フィールド創刊号
松野氏は、今ではカリスマオオクワブリーダーですが、当時の記事をみると、定年を待ってマツノインセクトを開業され、1993年頃から本格的にオオクワガタの養殖を開始、1994年頃から菌糸ビンの作製に取り組まれ、試行錯誤の末、1998年頃から立派な成虫が羽化するようになったと書かれています。
余談ですが、月刊むし「オオクワガタ特集号10」(1998)には、すでに菌糸ビン(オアシス)との広告が掲載されています。

また、興味深いのは、昆虫フィールド創刊号に掲載されている当時のオオクワガタ参考価格表です。
ブリード個体でも、♂71mmが25,000円、♂72mmが35,000円、♀45mmが12,000円となっています。
タイムマシンがあれば、大儲けです。(笑)

では、コンテストの歴史はどうでしょうか?
1986年1月、月刊むし179号で日本産クワガタギネスコンテストがスタートしています。
これは、採集個体をメインとしていますが、今年で25年の歴史があります。
そして、飼育ギネスは、2001年11月ビークワ創刊号からのスタートとなります。
また、美形コンテストは、日本産オオクワ♂65mm以上を対象に、1999年6月20日〆切で開催され、10月1日発行の「オオクワ!(クワガタムシ飼育の最新情報1)」で発表されたようですが、私はその資料を持ち合わせていません。

今日は、この辺りにして、次回は菌床飼育のオオクワ羽化サイズの変遷を、文献を基に振り返ってみたいと思います。
[ 2011/01/13 08:16 ] 飼育の歴史 | TB(-) | CM(-)

1990年代のオオクワ飼育

今日は、1990年代について少々・・・。
公的機関の研究者は、害虫でも益虫でもないクワガタには興味がなく、飼育方法が研究されることもありませんでした。
それを、子供時代の趣味の延長として、アマチュア研究者の小島氏が、月刊むし「オオクワガタ特集号」(1986)でオオクワガタの累代飼育に関する記事を発表し、その後も何回かにわたって連載されています。
それまでは、林 長閑(はやしのどか)博士(東京農業大学卒。甲虫の幼虫の研究で、北海道大学から農学博士の学位を受ける)が、ミヤマクワガタの幼虫を18℃の恒温器で飼育し、成虫まで4年かかったと発表したことなどにより、ハードルの高い世界と思われ、ほとんどの愛好家が手を出していませんでした。
そんな状況の中、小島氏は、1年以内で成虫にできることを発表し、生き虫販売業者からは叩かれ、一部の愛好家からは熱狂的な支持を受けた時代もあるようです。

1996年になり、「クワガタムシ飼育のスーパーテクニック」として、日本の主なクワガタの繁殖飼育法が示されたことにより、子供の頃クワガタムシに親しんだ大人世代も巻き込んで、クワガタ全体の飼育ブームは加速していったのだと思います。
余談ですが、上記の本は、2万部弱売れたそうですが、私が飼育を始めた2001年にはビークワが発刊となり、主にそればかり読んでいた私は、持っていませんでした。
数年前に、一度は目を通しておこうと思い立った時には、廃刊・・・。
古本屋で5000円(定価は2800円)出して第3刷を買って読破したこともよい思い出となっています。

80ミリのサイズで1000万円の値段が付いたこともあると語り継がれていますが、マスコミが「黒いダイヤ」として大きく報道したのも1990年半ばだったと思います。
当時、外国産のクワ・カブの輸入は、植物防疫法で禁止されていたため、国産オオクワの一大ブームとなったようです。
その後、農林水産省が1999年末に外国産種の輸入を解禁。
そのため、ブームは国産オオクワから外国産へ分散しながら拡大し、クワカブのブームは過熱!ムシキングなどのゲームも追い風となり、ホームセンターでも売られるようになりましたが、すごいことになっていましたねぇ・・・。
結果として、放虫、交雑、害虫の持ち込みなどにより、日本の生態系への被害が危惧されるようになりましたが、手遅れとなった現代を迎えています。

今日は、私が飼育を始める前の話題も採り上げましたが、10年前は、飼育法の基盤が整い始めてはいるものの、まだまだ解らないことが多く、本当におもしろい時代でした。
自分で見つけるたのしみがいくらでもあったのですから!
最近は、情報化時代を迎え、本当に恵まれた時代になりました。
しかし、その便利すぎることが、探究心や新規開拓への意欲を低下させているようにも思います。
情報が増えれば、中には根拠のないものや想像の域を出ないもの、ひどい場合にはねつ造されたものが出回り、必ず情報間に矛盾が生じてきます。
どの情報が正しいのか!?
それを見極める洞察力とそれを証明する検証能力を必要とする時が到来していると思うのは、私だけでしょうか?

10年やってもやり足りない!
大型作出合戦に片足を突っ込み、もう片方は、飼育技法の研究のつもりでしたが、今年からは大型作出へ趣が強くなっています。
大型個体は、審査員の主観などには関係なく、ノギスの数値により評価されます。
この10年間の成果は、客観的にノギスの数値が評価してくれることでしょう!

また、時間があれば、2000年代の話題も紹介できればと思いますが、明日より多忙な毎日が始まる予定です。
[ 2011/01/06 15:41 ] 飼育の歴史 | TB(-) | CM(-)

飼育の歴史【2003年~2004年頃の話題】

2003年に入り自身のHPを持ちたいと思うようになり、Web上で情報収集をする傍ら、専門誌の定期購読、バックナンバー収集を始めました。
その年の6月、サイトの枠は出来ましたが、内容は他からの良いとこ採りをしてまとめただけの説得力のないものでした。
更新する内容もなく、競馬対決がメインだったことを懐かしく思います。
その後、研究職に就いていた経験からか、データ収集→考察→結果により根拠を示せるオオクワサイトにしようと思い立ち、現在に至っています。

ところで、私の菌糸ビン飼育に大きな影響をもたらしたのが、BE・KUWA No.8の「ゼロから始める巨大オオクワガタの育て方 上級編」です。
そこには、2002年度のギネス個体、能勢産81.8mmの飼育データが掲載され、1本目に600ccのガラスビンを使用、2本目への交換がほぼ3ヶ月と記載されていました。
内心では、600ccで3ヶ月持つのだろうか・・・との疑問もありましたが、この頃から「菌糸ビンは小さくてもよいのだろうか?」「60日以内の交換より長くてもよいのだろうか?」と思い始めたものです。

また、第3回飼育ギネスホルダーの飼育コンセプトを見ても、劣化しにくい菌糸ビンを使い高めの温度で「1本目で一気に大きくする」というものでした。

さらに私に影響を与えたのが、2004年6月1日に羽化しkuwataギネスに認定された84.3mmの久留米産オオクワガタです。
昆虫フィールドNo.38で飼育データを見ましたが、そこにはH15年7/1 Mビン投入、10/14 33.4g Lビン、12/21 33.0g Lビンと交換し、飼育温度は夏場25℃、冬場22℃となっていました。

私は、まず実績のあるデータの追試から入ろうと思いました。
まずは、充分な温度で3ヶ月以上飼育し、1本目で一気に大きくすること!そして、そこで使用されていた「大夢B」「RTN」「オアシス」を試したい欲望にかられ、探究心と大型作出への夢が沸々と湧いてきたのでした。
[ 2009/02/19 22:54 ] 飼育の歴史 | TB(-) | CM(-)

飼育の歴史【2002年当時】

私が菌床飼育を始めた頃、最初に熟読した本が、前回紹介した月刊むしNo.328「クワガタ特集号10」でした。
この本を知らない方のために、そこに書かれていた飼育法の概要を簡単に紹介します。
まず、オオクワガタ菌床飼育のスーパーテクニック(2)では、ギネスポットを使い、1本目をすべて1リットルのボトルで25℃に設定、正確に2ヶ月後に♂は4リットルのボトル室温飼育とあります。
この飼育では、3本目への交換も正確に2ヶ月後に行われ、その理由を短期で交換することにより、菌床の劣化とダニの被害を最小限に止め、菌糸ビンの長所を最大限に引き出せたとあります。
また、もう一つの菌糸ビンによる超大型個体作出法では、予め何種類かのレシピで作製された菌糸ビンの優劣を比較し、結果のよかったものをチョイス!そして1本目450ccのビンを使用して平均25℃で飼育し、2本目への交換を♂は食痕半分以上ものを2000ccへ、♀食痕7割以上のものを900ccへ交換してあり、交換のタイミングに日数を規定せず、状況判断に委ねてありました。その後は27℃で飼育し、30℃で蛹化スイッチを入れるというスタイルも特徴的でした。(当時は低温飼育の概念はなかったようです。)

その他にも1999年頃の昆虫フィールド等の記事を見ると、菌糸活性を落とさないように40~50日で交換することを推奨する記載もあり、当時の菌床は今ほど持ちがよくなかったために、早目の交換をせざるを得なかった、それ故に早期交換が好結果をもたらしていたという見方もできそうです。

結局、当時の私は、「菌糸ビンへの投入はできるだけ早く初令中期までに!」と「ビン交換も早目に60日以内で!」の2点にこだわるようになっていました。

また、「菌糸ビンの容積は大きいほどよい」という考え方にも重きを置いていたように記憶しています。
当時、たまたまプリンカップ200ccで3令まで飼育したオオクワ幼虫がいましたが、、頭幅を測定すると明らかに小さく、羽化サイズも平凡なものでした。
この結果により、ビン容積に対する考え方は間違いないと思ったものです。
確かプリンカップ飼育した3令♂幼虫の頭幅は、10mmにも満たなかった記憶があります。
その頃、他のサイトで、金魚を引き合いに出して、大きい水槽で飼育しないと自ら成長をセーブして大きくならないように・・・とあり、妙に納得したものです。
[ 2009/02/17 13:57 ] 飼育の歴史 | TB(-) | CM(-)

国産オオクワサイズの推移

私が最初に手にした文献とも言える雑誌は、1998年6月発刊の月刊むしNo.328「クワガタ特集号10」です。
初めて手にした時、内容が種の分布、特徴、生態、飼育など多岐にわたり、しかも文献を引用して学術論文を思わせるような構成となっており、昆虫雑誌にもこれほどマニアックなものがあったのかと驚いたものです。

私が国産オオクワガタ80mmオーバーを目標にするようになったのは、その月刊むしNo.328に掲載されていた2つの記事に影響を受けたからだと思います。
一つは、オオクワガタ菌床飼育のスーパーテクニック(2)(森田紳平・元木弘英 著)で、ギネスポットを使用しての能勢産オオクワ77mmを羽化させたデータが載っていました。
そして、もう一つは、菌糸ビンによる超大型個体作出法(中村芳樹・市之瀬晃三 著)で、菌床飼育による79.42mm個体の飼育データが紹介されていました。

実は、これらの記事から私がオオクワ飼育を始めるまでの3年間に、80mmの壁が破られていたのでした。
1999年ついに夢の80mmオーバーが登場!!
さらに翌年には、新聞・テレビで82.0mmの能勢産オオクワガタが紹介され、2000年7月に発売された昆虫フィールドNo.13にも掲載されました。
そして、その半年後の2000年末に発刊となったBE・KUWA No.1に発表された第1回クワガタ飼育ギネスでは、81.1mmの能勢産オオクワガタが紹介されています。
しかし、オオクワガタの飼育ギネスは、2002年に能勢産81.8mm、2003年に川西産82.4mmと更新されていきました。
その一方で、2004年には、84.3mmの久留米産オオクワガタが登場し、声も出ないくらい驚嘆したあの時の衝撃は、今でも忘れることはできません。(kuwataギネスに認定)
その後、BE・KUWAギネスは、2006年に久留米産83.3mm、2007年に能勢産84.7mmと塗り替えられ現在に至っています。

よく、上達するには「先人に学べ!」とか「上手い人の真似をしろ!」と言われます。
私もこの8年間、実績のある菌床、実績のある飼育法をマネながら、工夫と検証を重ねている内に、羽化サイズは着実に伸びていったように思います。
[ 2009/02/12 22:26 ] 飼育の歴史 | TB(-) | CM(-)
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